音楽を楽しむ人が集うクロイツァー豊子メモリアルサロンの外観
サロン外観


  


   レオニードクロイツァー氏の没後、目黒から大泉に転居した
   クロイツァー豊子氏が40年間、音楽とともに過ごした
   洋館のレッスン室を、2005年にサロンとして改装した。
   声楽のレッスンのほか、サロンコンサートとして、海外
   演奏家や若手のコンサートにも利用されている。

※サロンは練馬区にあり、西武池袋線大泉学園駅より徒歩5分です。地図はチケット、レッスン申込確認書等に印刷されています。ご希望の方は、Belton音楽院(03-3996-4979)までご連絡ください。 

≪サロンの紹介文≫ショパン20076月号より
 クロイツァー豊子メモリアルサロン第1回定期演奏会
室井摩耶子〜サロンで聴くピアノコンサート4月15日公演

 西武池袋線の大泉学園駅にほど近い住宅街の一画に瀟洒な洋館がそびえている。日本のピアノ音楽界の大恩人、レオニード・クロイツァーの妻で多くの後進を育てたクロイツァー豊子さんが後半生を過ごした家だ。クロイツァーは1953年に、豊子夫人は1990年に世を去ったが、夫妻の養女で声楽家のクロイツァー凉子さんが一昨年に建物を改修して『クロイツァー豊子メモリアルサロン』をオープンさせ、夫妻の音楽の伝統を継承している。凉子さんは豊子夫人の姪で、幼いときからクロイツァーの音楽と人柄に接して育った。そんな彼女の願いは、一流演奏家の生演奏を至近距離で楽しむ空間を音楽ファンに提供すること。その夢叶って開設されたこのアットホームな空間からはすでに何回かのコンサートが発信されてきたが、今春から定期演奏会が発足、その第1回が4月15日、日曜日の昼下がり、ピアノ界の最長老、室井摩耶子さんを迎えてなごやかに開催された。
 東京音楽学校時代にレオニード・クロイツァーの薫陶を受けた室井さんは豊子夫人の妹弟子にもあたり、第1回定期演奏会を飾るにふさわしい演奏家だ。まず、師との最初の出会いと強烈な印象、正式に師事するようになってからの思い出をしみじみと語ったのち、モーツァルトのピアノソナタ第8番イ短調K310とアダージョロ短調K540を演奏。2曲とも作曲家の内面に迫る中身の濃い作品だが、とりわけロ短調のアダージョでは、大正生まれとは信じがたい気迫にみちた室井さんの演奏からモーツァルトの慟哭すら立ち昇り、聴き手の胸をえぐった。後半ではクロイツァーがしばしばコンサートの開幕曲に選んだというブラームスの変ホ長調のスケルツォが、ありし日の師を偲びながら感慨深く、しかしエネルギッシュに奏された。(萩谷由喜子・音楽評論家)

 

サロン庭



  レオ二ードクロイツァー氏は、1884年サンクトペテルブルグ生まれ。
  21歳のとき、ラフマニノフ作曲「ピアノ協奏曲第2番」の初演で、
  ラフマニノフ自らの指揮にピアニストとして参加した。27歳のとき
  ベルリンでピアニスト、指揮者、著作活動を本格開始。
  37歳でフルトベングラーの招きによりベルリン音楽大学教授に
  就任。その後アメリカ等での演奏活動の後、53歳で東京音楽
  学校(現東京藝術大学)教授。いずれも戦時で迫害を受け
  活動が妨げられたにも係らず、優れたピアノ演奏家、指揮者で
  あるとともに、教育者としても功績を残した。名著も多く、演奏家
  音楽とピアノの思想と技術と情熱は、後世の多くのピアニストに
  受け継がれた。
  豊子氏は20歳のときクロイツァー氏に出会い、師事した。
  そのピアノがあまりにもヨーロッパ的で、どこで習ったのかと
  聞かれたと言う。52年に結婚。二人のその美しい音色を受け
  継いだピアニストは数多い。





 「ある音楽家の美学的告白」1989年、中瀬古和訳、音楽の友社
 「ピアノ装飾音の技法」1990年、中瀬古和訳、音楽の友社    
                                          

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